こんにちは。
当ブログに訪問していただきありがとうございます。
小学5年生の娘は、4年生の秋ごろから学校へ行けなくなりました。
今日も、学校をお休みしています。
今日は「不登校の原因は本人にもわからない」という内容で書いてみようと思います。
不登校になったきっかけはある
娘の場合、不登校になったきっかけはありました。
それは、怪我をして学校をお休みしたことです。
それまで、学校で嫌な事があっても、友達と喧嘩しても、行きたくないなぁと言いながらも休まずに行っていました。
でも、怪我をしてお休みをしたことで、これまでの頑張っていた気持ちがぷつんと切れてしまったんだと思います。
お休みした日は、娘はこう言っていました。
「休んでしまった。でも、明日からはまたちゃんと行く」
実際、怪我はもうほとんど治っていたので、その日はお休みする予定ではなかったのですが、本人がどうしても休みたいと言って休みました。
だから、本人にとっては「休んでしまった」という感覚だったのです。
罪悪感がすごかったようです。
「明日は行く」と言っていたし、本人もその気持ちだったと思いますが、その日を境に学校へ行けなりました。
不登校の原因は1つじゃない
よく、不登校の原因は1つじゃなくて、色んな事が複雑にからみあっていると言いますが、本当にそうだと思います。
娘の場合、クラスでいじめがあったので、最初は「原因はいじめ」だと思っていました。
だから、いじめがなくなれば、何の問題もなく元気に学校へ行けると思っていました。
でも、いじめがなくなっても、学校へは行けませんでした。
娘は不登校になった最初のころは「いじめられるから行きたくない」と言っていました。
そして、いじめの件が解決した頃には「もういじめは関係ないけど、行けない」と言っていました。
思い返してみれば、娘は小学1、2年生の頃
「学校面白くない!もう学校やめる!」
と言ったことがありました。その時は家族みんなで
「あらあら、学校やめるの?」なんて言って笑っていましたが、もしかしたらその頃から不登校の前兆はあったのかもしれません。
友達とのいざこざがあったり、3年生頃から勉強が難しくなったり、いじめがあったり・・・
それでも頑張って学校へ行っていた。
はたから見たらわからなかったけど、色んな事にものすごく無理をしていて、それが「怪我」によって弾けてしまったんじゃないかと。今はそう思います。
不登校の原因を突き止めようとして意味はない
不登校になって、7か月目。今日も娘は学校へは行っていません。家でTVを観ています。
もう、最近は不登校の原因を突き止めようとすることはしなくなりました。
最初の頃は、
「何で行きたくないの?理由は?」
と、何度も何度も聞いてしまったことを、今では後悔しています。
「何で?」「何で?」と聞かれることで、娘はますます殻に閉じこもってしまったからです。
その後は、本当に地獄のような日々でした。母娘とも、落ちるとこまで落ちて、今やっと落ち着きを取り戻したことろです。これについてはまた別の記事で少しずつ書かせていただきます。
もし、今不登校になったばかりのお子様に対して、不登校の原因を聞きすぎているなぁと感じているお父さん、お母さんにお願いです。
どうか、そんなに原因を聞かないで下さい。
原因は、1つじゃないんです。聞かれたって、本人も分からないんです。
「なぜか行きたくない」
それが本当のところだと思います。
あまりしつこく聞いてしまうと、親を安心させようとか、めんどくさいからという理由で
本心ではないことを言うようになってしまう可能性もあります。
これも、経験してます。こうなってしまったら、もう子供は本心をいう事が出来なくなってしまい、ますます学校へ行けないどころか、誰とも会いたがらなくなります。
そうならないように。
原因を知りたいけど、聞いたところで本当の原因はわからないんです。そう思っておいてください。
大事なのは原因探しではなく、サポートすること
不登校の原因探しは、本当に意味がない。そう思います。
そんなことをする時間があったら、子供は今、何を求めているのか?どうしてほしいのか?を1つでも気づいてあげるといいと思います。
親だからって、子供をコントロールすることはできません。
コントロールしようとしてはいけません。
そうではなく、あくまでも「サポートする」という気持ちでいることが大事だと思います。
というか、サポートすることしか、出来ないです。
ついつい、
「学校へ行った方がいいよ」
「学校へ行かなかったら将来困ることがたくさんあるよ」
「友達とけんかするのも勉強だよ」
なんて、なぜ学校へ行かないといけないのか?と熱く語ってしまいがちですが、これも実際、子供にはほとんど響いていないです。
親の言う事でやる気が出たりすることって、ほとんどないんだそうですよ。
親としては、「いい事言ったし、きっと気持ちも変わってくれるはず」なんて満足してしまう事もありますが、これこそ「コントロールしようとしている」行動です。
だからと言って、なんにも言わないのがいい、というのも違うと思いますが、
少なくとも、長々と熱く語れば語るほど、子供は冷めて聞いています。
私は、子供をサポートする事しかできない。
つい、焦ってしまうけれど、待つことが愛。これをいつも忘れないでいたいです。
不登校の子供をもつお父さん、お母さん、焦らずに行きましょう。
不登校だからって、不幸じゃないです。
何もかも終わりじゃないです。
学校へ行かなくても、娘には幸せな人生を送ってほしい。そのために、私が出来ることをしていきます。
一緒にがんばりましょう。